JELT デザイン:光学系、望遠鏡構造、ドーム

JELT構想・基本仕様と光学系

JELT  ( Japan Extremely Large Telescope) は、 現在世界最大級のすばる望遠鏡の口径8m を一気に4 倍近くの 30m にまで拡大し、現在では不可能な観測を一気に実現するとともに、全く新しい宇宙の描像をも 明らかにするために精力的に検討している望遠鏡システムである。

JELLT 基本仕様

JELT 構想の基本仕様
M1 F/1.5, 分割鏡方式30m 主鏡
セグメント鏡材 CFRP/ゼロ膨張ガラス/ゼロ膨張セラミック
光学系 三非球面鏡系
焦点 ナスミス焦点x2 または4
視野 半径10 分角
波長域 可視光から中間赤外線
観測装置 光学分光器、赤外線分光器, カメラ
ドーム 半径50m
JELT プロジェクトで検討している30m 望遠鏡構想の基本仕様を右表に示す。この仕様は、検討されている 科学目標 を達成するために必要な機能を備える望遠鏡としてその実現性を技術的に検討す るため設定したものである。なお、この設定は、今後の検討、および国際協力の枠組みに応じて変更の可能 性がありうる。


光学系
JELT 三非球面光学系構成要素鏡
M1 30m 主鏡楕円面鏡
M2 4m 副鏡双曲面鏡
M3 不動点斜鏡(主鏡上) 平面斜鏡
M4 ナスミス室折曲鏡平面斜鏡
M5 4m 再結像鏡楕円面鏡
M6 焦点取り出し鏡平面斜鏡
光学系として副鏡を低空乱流層に共役の位置に配置できるグレゴリアン光学系も有力であるが、鏡筒が長く なりドームが大きくなるため、以下で述べる新しい発想の三非球面光学系を基本に検討を進めている。



望遠鏡構造
  1. 全体構造の基礎検討
  2. 固有振動数
  3. 高度軸受部・水平回転部

  4. JELT 全体構造

  5. 鏡筒部・架台部 簡略モデルによる固有振動数及び振動モードの検討

    図4.21 に示す解析モデルを用い、固有値解析並びに静解析(静的加速度1G が作用する場合) を実施し、固有振動数、振動モード、自重変形を求め、基本構造の妥当性を確認した。



    1. 自重変形
        静的加速度1G の条件下で変形量が最大となるのはナスミステーブルであり、 その自重によりモーメントがかかるヨーク脚に最大荷重が発生する。

    2. 固有振動数と振動モード
        主要部材の振動モードは、
        • テーブルの並進方向、
        • チューブの並進方向、
        • 方位軸(Az 軸) 回りの回転、
        • 仰角軸(El 軸) 回りの回転である。
        1 次の振動モードはテーブルの並進であり、その固有振動数は2.3Hz である。 また、チューブがゆれる振動モードで最も低次の固有振動数は3.2Hz であり、 方位各軸回りは4.4Hz、仰角軸回りは4.5Hz となった。
      制御ループへの影響別に整理した振動モードを図4.22 - 4.23 に示す。また、 参考までに主なモードを図4.24 - 4.27、振動モード図を図4.28 - 4.32 に示す。


    3. 高度軸受部・水平回転部

      高度軸受部
        ジャーナルは両側面と底面で静圧 軸受で支えられる。側面の片側の静圧軸受ランナー面上方に駆動磁石を、そ の上に速度検出用テープ式エンコーダを設ける。固定側にはコイルアセンブ リとエンコーダのスキャニングヘッドを設ける。このように駆動点と検出点 を近づけ(いわゆるコロケーションを実現し) 制御帯域を高く取れるような配置 とする。

      水平回転部
        架台は静圧軸受パッドで支えられ、静 圧軸受パッドは基礎に取り付けられたレール上面を滑る構造とする。レール の外あるいは内側に磁石を取り付け、架台側にコイルアセンブリを設け、速度 検出用テープ式エンコーダをレール側に取り付る。エンコーダのスキャニン グヘッドの取り付けられている架台との温度膨張差等によるヘッドのギャップ 変動対策としてギャップ保持機構を設けることを検討する。高度軸の場合と同 様、駆動点と検出点を近づけ(いわゆるコロケーションを実現し) 制御帯域を高 く取れるような配置とする。


    4. 副鏡支持機構

        副鏡支持方式原理のトレードオフ検討を図4.36 に示す。図中左の方式は ESO VLT 等に採用されているシュベンジンガー支持方式で、裏面のアキシャ ル支持と外周のラテラル支持からなる。この方式の場合ラテラル支持機構を副 鏡の外周にも設ける必要があり、赤外観測の場合熱放射源になる。図中、中 央の方式は、すばる望遠鏡の主鏡に採用されている支持方式で、鏡に穴を空 け鏡の板厚の中心でラテラル方向を支持する方式である。この場合、鏡の穴加工 が必要で製作工程、コストに影響を与える。

        図中右の方式はラテラル方向を2つの支持機構でささえ、その支持力の力 線の交点が鏡の板厚の中心に位置するように配置したものである。この方式 であれば無用の赤外熱放射もなく、鏡の穴加工も不要であり、この方式が好 ましいと考える。

        図4.35 は副鏡支持機構の具体的な配置案を示す。パッシブサポートは45 点、 からなる。そのうち9 点にティップティルト駆動アクチュエータを設ける。さ らにその内の3 点に副鏡の剛体位置を検出するセンサーをもうける。ミラー セルは6 本ジャッキで6 自由度位置決めする。ミラーセルの上側(副鏡と反対側) には反力コンペンセータを設け、副鏡駆動の反力をキャンセルする 構造とする。次に副鏡支持機構の特徴について下記に列挙する

        多点駆動: 振動モードの腹の点にアクチュエータを配置することにより低次 の振動モードの影響をなくし等価的に副鏡の固有振動数をあげたことになり制御帯域 を大幅に向上できる。

        副鏡外周から支持機構を全くなくした構造: 赤外ノイズがない コンパクトなアクチュエータで大推力: (すばる望遠鏡用ティップティルト駆動アクチュエータと同一タイプ)

        • 最大推力: 500N
        • 大きさ: 90mmA x 高さ60mm

        JELT とすばる望遠鏡のティップティルト駆動アクチュエータへの要求の比較 と必要なアクチュエータ個数を表4.37に示す。ティップティルト駆動アクチュ エータへのJELT 要求仕様をすばるの場合と比較している。チョッピング周 波数を1Hz 程度とすれば必要なアクチュエータ数は6〜9 個程度で十分実現性が あると考える。



    5. 駆動機構

      提案する駆動装置の特徴は下記の通りである。
      • ダイレクトドライブシステム(DD) 方式
        • ギア駆動方式と比較して低コスト。
      • スムーズな駆動を実現
        • 実績のあるすばる望遠鏡の駆動装置をそのまま適用可能。
        • 高分解能: エンコーダの分解能0.0005"

        次にDD システムの特長を列挙する。
      • 一般的なDD の特長
        • ゼロフリクション
        • 高剛性
      • すばる望遠鏡のDD の特長をそのまま引き継ぐ
        • 低発熱・高トルク
      • プラセオジム磁石を採用、高磁束密度を実現
      • 低トルクリップル
        • 磁石のスキューを最適化
        • トルクリップルが最小となるコイル配置

      参考までにDD 方式とギア駆動方式とフリクションドライブ方式との比較 を図4.38 に示す。外乱トルクとしてギア駆動方式ではアンチバックラッシュ 状態にするために常に2 個の歯車でトルクをかける必要があり低速時、特に 起動時に大きなフリクションの変動となる。また歯形誤差も外乱となる。フ リクション駆動方式でも同じくローラ間に与圧をかけるために同様のフリク ション変動が発生する。またJELT の場合はローラを一体で加工できず分割 せざるを得ないが、継ぎ目の影響がトルク外乱となる。DDシステムの場合は このようなトルク外乱が全くない。

      一方、剛性について比較すると、ギア駆動方式とフリクションドライブ方式では 機構の剛性の分だけ駆動装置の剛性が低下するが、DD 方式の場合はモータ以外の 機構が存在せず剛性低下は全くない。

      これらの観点からDD 方式であれば高い追尾精度を容易に達成可能である。 コスト的にはギア方式ではギア加工が必要であるが、単位長さあたりのギア加工 コストと磁石のコストを比較すると磁石のコストのほうが非常に低く、 フリクションドライブ方式と大差無い。従い、総合的に判断しDD 方式を採用する。 なお、表4.5にすばる望遠鏡のDD システムの諸元を示す。

      ここで、下記にTMT 計画のTechnical Report No.4 を参考にしたDD システムに対する 要求性能を示す。

      1. Slewing requirement 360°Azimuth, 65°Elevation / 5min
      2. 1" on sky 1 s
      3. 10 on sky 3 s
      4. 100 on sky 10 s
      5. 1000 on sky 30 s
      6. 最大速度と最大加速度
        • 最大駆動速度(粗精度エンコーダ使用) : 1.2 °/s
        • 最大追尾速度(高精度エンコーダ使用) : 0.2 °/s
        • 最大化速度: 0.05°/s2
      7. 最大トルク
        • 水平軸: 1 x 105 Nm (〜10 ton m)
        • 高度軸: 2 x 105 Nm (〜20 ton m)
      8. イナーシャ
        • 水平軸: 1 x 108kg m2
        • 高度軸: 2 x 108 kg m2
      これらの要求仕様に対し、すばる望遠鏡のDD システムに基づいて採用するJELT 用DD システムの諸元を表4.6 に示す。
      Driving Force of Each Coil (N) SUBARU JELT
      Number of Coil Assembly Torque: Coil Driving Force (N) x Radius (m) x Number of Coil Number of Coil Assemble Torque: Coil Driving Force (N) x Radius (m) x Number of Coil Required Torque
      Elevation 2600 8 2600 x 3.5 x 8
      = 73,000 Nm
      (〜7 ton m)
      4 2600 x 15 x 4
      = 160,000 Nm
      ( 〜16 ton m )
      > 100,000 Nm
      ( 10 ton m )
      Azimuth 2600 4 2600 x 7.5 x 4
      = 78,000 Nm
      (〜7 ton m)
      8 2600 x 16 x 8
      = 330,000 Nm
      ( 〜33 ton m )
      > 200,000 Nm
      (20 ton m)


    6. 追尾制御装置
        超大型地上望遠鏡向け追尾制御装置は、基本的にすばる望遠鏡で開発した 追尾制御装置を流用する。下記にその特長を示す。
      1. 高制御帯域を得るための制御器の高次フィルター
      2. 構造共振と反共振の補償
      3. 制御器内の速度推定器
        • 通常速度の場合はエンコーダーからのパルスをカウントして速度を推定。
        • 超低速(超低周波数) の場合、オブザーバーの推定器で速度を推定。
      4. 構造モーダル次数を縮退させたトータルシステム解析
      5. 周波数応答関数に基づく構造設計
      6. 予測制御の組み込み
        • スルーイング時の収束加速、ガイド時の収束加速、スルーイング、 ADC 駆動、ImR/InR 駆動、ガイドプローブ駆動などの並行動作を可能とすること。

        また、超大型地上望遠鏡向けに新たに以下の機能を追加する必要があると考える。

      7. 風等の外部擾乱を抑制するための高次補償器(H1制御)
      8. 水平回転レールのうねりによる指向誤差に対する自動補償

        これらの特長を有する追尾制御装置のブロック図を図4.39 に示す。



    7. 超軽量架台の試作開発 については開発課題を御参照下さい。

    8. 新型アクチュエータの開発 については開発課題を御参照下さい。


    鏡面製作

    1. 超高精密研削装置

      鏡製作の現状

        研磨による最大の一枚鏡は米国アリゾナ大学において8.4m まで達成されている。 しかし、これ以上の大型鏡は計画されておらず、将来の大型望遠鏡は分割鏡方式で 達成されることは世界の共通認識となっている。事実、現在計画中の全ての 大型望遠鏡は、分割鏡の大きさと形状は多様であるものの、分割鏡方式を採用している。 この分割鏡方式には、非軸対称の鏡面の製作と複数の分割鏡を1 枚の大型鏡として 機能させるための制御技術が大きな課題となるが、すでに同じく米国のケック10m 望遠鏡(36 枚の分割鏡) でその実用性は立証済であり、将来の巨大望遠鏡への可能性 は立証されている。
        一方、わが国はこれまで1m クラスの鏡までしか製作した経験が無い。 国際競争力を考慮すると、鏡の製作技術では大きく出遅れている。しかし、 巨大望遠鏡時代においては、巨大な一枚鏡ではなく、小さな非軸対称 の分割鏡を多数製作する技術を開発できれば、一気にその差を縮め、 十分に世界と対等の競争ができる。
        30m 級の巨大望遠鏡の主鏡は、約1000 枚の大きさ1m ほどの非軸対称・非球面鏡(分割鏡) を敷き詰める(図4.46)。しかし伝統的な研磨技術では研磨機1 台で、 1 枚あたりおよそ1 年と5000 万円の期間とコストを必要とする。 さらに本質的に通常の研磨法では軸対称の形状しか製作できないため、 分割鏡を製作するにはいくつかの追加工程が必要となる。そこで我々は研磨に代わり 研削という加工による鏡製作技術に注目している。


      研削と研磨
        研削では高速回転する砥石によって加工を行なう。砥石には細かく硬い砥粒が 固定されている。その砥粒が断続的に加工物面を切削除去していく。 砥石の位置は数値制御により運転され、自由曲面の加工が可能である(図4.47)。
        一方、研磨は非固定の砥粒を液体と共に加工面に押し当て、こすることで加工面を 切削除去していく。形状を決定する切削量は押し付ける力、砥粒径や時間など パラメータが多いため、経験則や頻繁な形状測定が必要となる。 さらに滑らかな曲面を成型するために加工物の回転も必須となる。 そのため研磨では非軸対称な形状は製作できない。現存の技術ではガラスをあらかじめ 計算された応力で撓ませた状態で研磨を行い、終了後に応力を開放し、非軸対称の曲面を 製作している。
        光赤外線望遠鏡に要求される鏡の面精度は形状と表面粗さともに波長の20 分の1、 つまり30nm が要求される。これまで研削による鏡製作が行われてこなかった理由は、 振動、環境温度の変化、材料や砥石の加工応力による変形などにより形状誤差が発生 しやすく、一般に10cmx10cm 以上の大きさの加工面では数1m の形状誤差が発生する からである。

      最新の研削技術

        しかしながら近年における我が国の研削技術の進歩は目覚ましく、その加工精度は研磨と 同等の数十nm に迫りつつある。我々はその中でも特に ナガセインテグレックス(株) 研削盤 に注目している。この会社の開発した研削盤はA300mm 以上の加工範囲に対して 分解能1nm を達成している。研削盤そのものを除震台に載せ、二重の空調によって0.1°C の温度管理を施すことで外乱を除去している。このような優れた環境は干渉法による 形状測定においても大変有利である。われわれは現在ナガセと、鏡面研削に特化した 更に大型の研削盤の開発を検討している。これまでに大型加工のニーズが無かったことが 原因でφ1m 規模の超精密研削盤は存在しない。この点においては現存の研削盤で十分 な検討の後、大型化の意義を判断したい。また研削盤の価格は一台あたりおよそ3 億円で ある。我々の目標としては一台の研削盤で分割鏡一枚を1 週間以内で製作し、研削盤 を複数台占有することで1000 枚の鏡を2 年程度で完成させたい。

        なお米国のTMT 計画では、ケック望遠鏡の時とほぼ同じ技術を用いて、最短で3年間での 鏡製作を目標としている。

      これまでの試験

      われわれはこれまでに理化学研究所大森素形材工学研究室と山形県工業技術センタ とで2 回の研削による試験鏡の製作を行なった。

      理研では非軸対称形状の加工も想定して、φ300mm の低膨張ガラスクリアセラム Z を回転させずに球面鏡に研削した。干渉測定可能範囲が全面のおよそ70% で、そ の領域における形状精度は4λ 程度であった(図4.48)。測定範囲外は形状精度が低い ために干渉像が得られなかった。

      山形工業試技術センタではφ100mm のゼロ膨張セラミック(ZPF : 4.5.2 章参照) を回転研削と非回転研削による方式の二通りで研削加工した。回転研削は円形鏡面の 外周部と内周部とで焦点距離(曲率) が若干異なり二重焦点のような鏡になってしまっ た。外周と内側は共にそれぞれ鏡面精度1λ程度であったが、形状誤差がかなり大きかっ た(図4.49)。非回転研削による研削は、砥石の条件出しや設備不足で不十分な加工であったため、 再度試みる予定である。この試験の詳細は後述する。


    2. 新素材セグメント鏡の開発試作
      1. 防湿加工カーボン強化プラスチック鏡
      2. ゼロ膨張セラミック(ZPF) 鏡の開発
      3. ニコンによるZPF 研磨試験
      等については、開発課題を御参照下さい。


    計測技術

    高精度な鏡の開発には加工・計測の 2 つが必要不可欠である。広い面積を持 つ望遠鏡の主鏡形状の測定には干渉計が適している。干渉計を使用して球面・ 平面を測定することは容易である。またヌルレンズ3を用いることで軸対称な非 球面の測定も可能である。実際、多くの望遠鏡の主鏡形状がヌルレンズ干渉計 (図4.50 左) で測定されている。しかし非軸対称な鏡面を測定するためのヌル レンズを製作することは難しい。今回、ヌルレンズにかえてCGH(Computer Generated Hologram) を使用した干渉計(図4.50 右) を検討した。


    CGHはガラス基板上に波長程度の間隔で透明・不透明の縞模様を刻んだ光 学素子でありFZP(Fresnel Zone Plate)とも呼ばれる。原理は回折格子と同じ で、縞模様1 本ごとに1 波長ずつずれた素源波が干渉することで新たな波面 が形成される(図4.51)。回折格子の縞は等間隔であるため1 次光の波面は傾 いた平面となる。CGH では縞の間隔・形状を変えることで任意の形状の波面 を作り出すことができる。ヌルレンズのかわりにCGH を使うことで測定可能な 面形状の自由度が大幅に増加する。また、複数のレンズで構成されるヌルレンズ に比べて、単一の素子であるCGH は光軸調整が不要という利点も持つ。


    超大型望遠鏡の主鏡は曲率半径が非常に大きい。干渉計は被検面の曲率中心付近に 設置するため干渉計と被検面の距離が非常に長くなる。従って振動や空気揺らぎなど 外乱の影響を受けやすい。特に振動の影響を減らすため以下に述べる2 点の工夫を行う。

    1. 被検面と参照面を共通のステージ上に配置する。振動があっても被検面と 参照面が同じ運動をすれば測定への影響は相殺されて減少する。また 被検光と参照光の光路長が等しくできるためレーザー発振波長 の変動の影響も受けにくい。
    2. 干渉縞の読み出しに必要な時間を短くする。位相シフト法で鏡面形状を 復元するには最低3 枚の干渉縞画像を取得する必要がある。これまでは 1 セットの干渉縞画像を取得するのに数秒の時間をかけていた。振動周期 より十分に短い時間(1msec 以下) での干渉縞画像取得を目指す。 これを実現するため複数のCCDを同時に動作させる読み出し回路を開発する。




    補償光学系

    1. 補償光学系とは

      地上にある望遠鏡の観測では、大気に密度揺らぎがあるために望遠鏡に入る光の波面が乱され てしまう。このために、望遠鏡焦点で光が一点に集まらず、星像がぼやけてしまう。これをシーイ ングという。この影響は望遠鏡の口径が大きくなるほど問題になってくる。たとえば、すばる望遠 鏡8.2 m で光が理論通り完全に集まったとするとその空間分解能は波長2.2 1m で0:0006 になる (表4.14)。それに対して、大気の揺らぎでの星像の広がりはこの波長で0:005 なので、望遠鏡の性能を全く発揮 できていないことになる。補償光学装置は、この光波面の大気ゆらぎによる乱れを高速の波面センサーで測定 240 第4 章次期光学赤外線地上超大型望遠鏡 し、大気ゆらぎが変化しない間に、光路中に置いた形状可変形鏡を変形させて、ゆらぎを打ち消して波面の乱 れを補正する装置である(図4.79) 。これによって、地上にある望遠鏡でも、ほぼ回折限界の分解能を得るこ とができるようになる。大気ゆらぎの変動は速いため、この補正は毎秒数100 から数1000 回もの速さで繰り 返す必要がある。 補償光学装置の効果は、高い空間分解能が得られるようになるだけでなく、狭い領域に光を集めるので天体 の検出感度も向上する。地上とスペースの望遠鏡とを比較すると、地上望遠鏡の方が同じ経費では口径が大き いものができるため、補償光学系を装備した地上望遠鏡の方が、より高い空間分解能を達成することができる。

      表4.14: 望遠鏡の回折限界分解能の口径と波長による
      分解能(")
      口径(m) 0.5μm 2.2μm 10μm
      1.88 0.055 0.24 1.10
      8.08 0.013 0.056 0.26
      30 0.0034 0.015 0.069

    2. これまでの補償光学系

      補償光学装置は、1970 年代後半に米軍によって人工衛星を監視するために開発されたのが実用化の始まりで あった。その後1980 年代後半からは天体観測のための開発が始まり、米国やヨーロッパなどで、口径 3-4m 級 の望遠鏡で試験的に使われるようになった。その後1990 年代の終わりにはすばる、ケック天文台など 8-10m 級 の望遠鏡には必須の装置として本格的に取りつけられている。これらのシステムの補正素子数は 数10 - 数100 素子 であり、それによって達成される補正性能は、波長 2 μm の近赤外域で回折限界の 10 - 60 % 程度である。 これらのシステムは、現在は自然の星を参照星とするものが主流である。しかしその場合、観測したい天体の 方向に波面測定用の参照星がない場合が多いので、観測する天体が限られるという問題がある。それを解決す るために、観測天体の方向にレーザー光を照射し、上空に人工的に参照星をつくるレーザーガイド星技術が開 発され、実用化が進みつつあり、ケック望遠鏡では 2003 年より観測を開始している。このレーザーガイド星 としては、高度 90km 90km にあるナトリウム原子層に波長 589nm のレーザーを照射し、共鳴散乱を起こし光らせ る方式が一般的である。


    3. レーザーガイド補償光学系の開発

      国立天文台ではすばる望遠鏡の駆動素子数36 のカセグレン補償光学系を実用化した補償光学グループがそ の実績を踏まえて、新たにナスミス焦点用の駆動素子数188 の補償光学系と、補償光学系の利用範囲をほぼ全 天に広げるためのレーザーガイド星生成システムの開発製作を、科学研究費補助金特別推進研究を受けて5 カ 年計画で推進している。

      レーザーガイド星生成システムはナトリウムD 線(588nm) で発振するパワーレーザーを観測したい方向に 打ち、上空約90km の高さにあるナトリウム層のナトリウム原子を励起し発光させることで、任意 の方向に明るい人工星をつくり、この光を光源としてそれより下層の大気中の温度揺らぎに起因する 波面誤差を実時間測定し、可変形鏡で波面誤差を補償するためのものである。鍵となるレーザーとして理化 学研究所と共同で和周波固体レーザーを開発している。図4.78 はそのプロトタイプ装置であり、 波長1369nm と1064nm のYAG レーザー光を混合して和周波にあたる波長589nm のレーザー光を発生する装 置である。ちなみにJELT 光学系では第五鏡が上空16 km に共役な配置となっており、これを可変形鏡 にすることができればTropopause (〜10km) の乱流による成分を補償することができよう。


    4. 補償光学技術の進展

      現在、補償光学系は実用化の時代を迎え、任意の天体を観測するためのレーザーガイド星も実観測に組み込まれつつある。これから の補償光学系は 8 - 10m 望遠鏡での更なる高性能化と30m 級の望遠鏡への応用を視野に入れ、観測目的に合わせて多様化の時代に入りつつ ある。これらは、かつてプリズム分光から始まった分光観測が、今や様々な形式の分光器を用いた観測へと発展しているのに対応する。こ れらの新しい補償光学系は、以下のように分類される。


      1. ExAO (Extreme Adaptive Optics)

        補正素子数を現在の 100 - 数100 素子から1000 素子以上(8m 望遠鏡の場合) に増やし、 波面誤差を減らすことにより星の周りのハローを落とす。これによって太陽近傍の星の周りに ある太陽系外惑星の検出を狙う。これには、非常に明るいガイド星を使って、狭い視野での高 い波面補正性能を追求する。これは、ハローを落とすことを目標とすることから高ダイナミック レンジ補償光学系とも呼ばれる。

        レーザーガイド星は、自然のガイド星と違って無限遠にはない(90km) 。そのため、天体からの光 とは大気を通ってくる経路が違い、それが波面測定の誤差を生む。このExAO では、極限まで 波面誤差を減らす必要があるので、レーザーガイド星は使わない。


      2. MCAO (Multi Conjugate Adaptive Optics)
        補償光学系にはガイド星から角度が離れると補正性能が落ちるという欠点がある。 観測天体から離れた方向にあるガイド星から来た光は、大気揺らぎのある高さでは、 位置がずれてしまうので、波面測定および補正に誤差が生じる。これを解決するには、 複数の方向(例えば5箇所) にあるガイド星をレーザーで作り、それぞれの星からの波面 を測定し、その信号を統合することによって、大気揺らぎの立体的な情報を得る。 その上で、複数の可変形鏡(2-5個) を空の複数の高さに対応する位置に配置し、 それぞれの可変形鏡はそれに対応する高さにある大気揺らぎを補正するようにする。 そのようにすると、広い視野に亘って回折限界の補正性能を確保することができる。 この視野の広さは、単一ガイド星補償光学系の数10秒角と比べて、約3 倍の2 分角程度 になる(図4.80) 。


      3. MOAO (Multi Object Adaptive Optics、多天体補償光学系)

        より広い範囲の補償光学系をMCAO 技術で作ろうとすると、広い視野をカバーするために 補償光学系の光学コンポーネントのサイズが大きくなり、費用が莫大になってしまう。 そのため、それぞれは狭い視野をカバーする小型の補償光学系を作り、補正したい天体 ごとに補正をかける補償光学系(MOAO) が検討されている。これによって数分〜数10 分角 以上の視野にわたって補償光学系を使った観測ができるようになる。この場合、ガイド星 から天体までの角度は視野が広い分平均して遠くなるので、波面測定の精度は落ちるが、 それでもシーイングよりはるかに高い分解能を実現することができる。これもMCAO と同 様複数のレーザーガイド星を用いる。


      4. GLAO (Ground Layer Adaptive Optics)

        大気揺らぎの約半分は地表付近に集中している。ガイド星から離れた角度からきた光でも、 地表付近の大気揺らぎについては補正の誤差は生じない。そこで、地上付近の大気揺らぎ のみを分離して、それを補正する。そうすると残りの波面誤差は上層の大気の分のみとなり、 広い視野(数-数10 分角) に渡って、星像を30 %程度小さくすることができる。これを実現 するには、広い視野を確保できる補正光学系が必要で、望遠鏡の副鏡を可変形鏡にするのが 適している(図4.81) 。通常はレーザーガイド星を想定しているが、ガイド星を見つける範囲 が広いので自然ガイド星だけでよい可能性もある。GLAO の効果を推定するには地表乱流の スペクトルがコルモゴルフスペクトルから離れるスケールであるOuter Scale を知る必要がある。


        図4.81: GLAO: グラウンドレイヤー補償光学系。大気揺らぎのうち大きな割合を占め る地表付近の揺らぎだけを補正する。地表付近の揺らぎに対しては、角度が離れた星 からの光でも測定誤差は小さいので、広い視野に亘っての補正が可能になる。


    5. JELT 補償光学系の案

      30m 級望遠鏡で使う補償光学系としては様々な可能性があるが、JELT 用に検討しているものは以下のとお りである。

      1. 中間赤外補償光学系

        波長7μm 以上の中間赤外域では8m クラスの望遠鏡の時には補償光学系が無くても回折限界の星像を 得ることができたが、30m になると補償光学系が必要になる。

        その場合、できるだけ鏡の枚数を減らして、望遠鏡からの熱放射を減らすことが重要であ る。それを実現する方法としては、望遠鏡の副鏡を可変形鏡にする可変副鏡補償光学系と、 可変形鏡を含めて補償光学系全体を冷却する冷却補償光学系がある。


        表4.15: JELT 用補償光学系と対応する観測装置
        観測装置 素子数 波長域(μm) 空間分解能(") ストレル比 視野
        中間赤外補償光学系 撮像/分光 1000 7 - 30 0.07 - 0.20 0.9 2'
        MCAO 撮像/分光 3000x3 1 - 5 0.007 - 0.03 0.6 30" - 2'
        多天体補償光学系 分光 1000 0.5 - 5 0.1 20'
        GLAO 撮像 1000 0.5 - 30 0.3 20'
        ExAO(HDAO) 撮像/分光 30000 1 - 5 0.007 - 0.03 0.9 10"
        可視光補償光学系 撮像/分光 10000 0.4 - 1.0 0.002 0.5 10"

        可変副鏡補償光学系

          可変副鏡は望遠鏡の副鏡を可変形鏡にするものである。通常の補償光学系では、 焦点付近にビームを平行にする光学系を設け、そこに可変形鏡を置いて波面を補 正するが、可変副鏡を用いると、そのような光学系が必要でないために、全体の 鏡の枚数を増やすことなく補償光学系を実現でき、鏡からの熱放射が少ない補償 光学系となる。また、可変形鏡のビーム径が大きいために、広い視野をカバーす る補償光学系が実現できる。

          これまで可変副鏡は、そのサイズが大きいために実現が難しかったが、最近 になってアリゾナ大学のMMT 望遠鏡(6.5m) やLBT 望遠鏡(8.4m£2) 用の直 径600mm、336 素子のものが実用化した。JELT の光学設計では副鏡の大きさ は4m であるため、この技術を発展させることによって、10000 素子程度までの 可変副鏡の製作が可能である。

          また、ガイド星からの角度が大きくなるときの星像の劣化の程度は波長に反比例 して小さくなるために、中間赤外補償光学系では、マルチコンジュゲート技術を 使わなくても、広い視野に亘って均一な星像が得られる。


        冷却補償光学系

          直径4m の可変副鏡の製作が技術的に、もしくは予算的に困難な場合には、中間 赤外観測装置の中に補償光学系を組み込む装置を製作する。技術的には、冷却 しても動作する可変形鏡の開発が必要である。


      2. MCAO (近赤外広視野観測用)

        30m 望遠鏡でのマルチコンジュゲート補償光学系では、視野2 分角に亘って波長1.651m で 回折限界性能を確保する。その為には、3000 素子の可変形鏡を3 枚使って上空の大気揺らぎ を3 層に分割し、それぞれの大気揺らぎの補正を分担する。それをカバーする観測装置としては、 近赤外カメラ、多天体分光器でアレイサイズは約10000x10000 ピクセルとなる。


      3. 多天体補償光学系

        JELT のナスミス焦点は、20 分角の視野を持つ。これは、実サイズでは2m という広い焦点面 スペースがある。それを生かして、ナスミス焦点全面にわたって100 台の補償光学系付き可視 近赤外分光器を設置し、高分解能での同時分光観測を行えるようにする。


    6. 要素技術開発

      JELT 補償光学系を実現するために必要な主要開発要素を以下にまとめる。


      1. レーザー
        固体レーザー

        補償光学系用の589nm の波長を出すレーザーとしてこれまでは色素レーザーが主流であったが、今 は全固体レーザーがシステムをより安定に稼動できる、メンテナンスが容易である、小型化、長寿 命にできるなど観点から主力となってきている。その一方式としては、1032nm と1316nm を発振 するYAG レーザー光を非線形結晶に入れ、その非線形効果ででる和周波がちょうど波長589nm に なることを利用した、和周波レーザーが実用になりつつある。現在20W (約8 等星のガイド星を作 る) のものが試験には成功しており、実用としては10W 出力(9 等星) のものが開発されつつある。 MCAO への応用、及びJELT には、9 等星程度のガイド星が5 個以上必要なため、全体では50W 程度のレーザーが必要になる。

        この他、光ファイバーを共振器として使う、ファイバーレーザーも新しい可能性として開発が始め られており、これが実現すると非常に安価で小型のレーザーシステムができる。


        レーザー伝送用光ファイバー

        レーザーから出た光を、発射するための望遠鏡に導く方法として、 光ファイバーを使うことが始められている。これによって伝送光学系の設置は非常に容易になる。 しかし、コア直径が10μm 程度のシングルモードファイバーに10W の極めて強い光を通すこと になるため、内部での非線形散乱によるロスが起こってしまう。それを解決する方法として、 最近はフォトニッククリスタルファイバーというコアの周りに多数の穴を開けて、実効的に 屈折率を下げ、クラッドを形成するファイバーを使う。この技術によって、 コア径の大きなファイバーを製造することができ、光強度の密度を下げることができるようになる。

        しかし、10W よりさらに大きい光を通すと、このフォトニッククリスタルファイバーでも非線形散 乱が起こってしまう。新しい技術として、光が通るコアを中空にしたフォトニッククリスタルファ イバーを使って、非線形散乱の影響をなくする中空フォトニッククリスタルファイバーの開発が始 められている。


      2. 可変形鏡技術
        可変副鏡

        JELT では、副鏡の直径は4m クラスの大型のものになる。可変副鏡はボイスコイルを使って駆動 していることから現在のストロークは501m と他の可変形鏡よりは1 桁近く大きく、ストロークに ついては他より有利である。大型化に関しては、厚み2mm 程度で形状制御可能な大型薄鏡を作る ことができるかが課題である。

        多素子可変形鏡

        通常の補償光学系は望遠鏡の焦点部の光をいったん平行にして可変形鏡を使って波面補正を行う。現 在一般的に使われているものでは、941 素子のものまで作られている。現状では素子間隔が 5 - 7 mm 程度である。そのままの素子間隔で素子数を3000 素子まで増やすと、全体のサイズが大きくなって しまう。単一可変形鏡とちがって、これは他の光学系と組合せて用いるために、全体の光学システ ムが巨大になってしまう。それ故、素子間のピッチを狭くして、鏡をコンパクトに作ることが課題 である。しかし、ピッチを狭くすると、圧電素子の強度を維持するためには、素子の長さを小さく しなければならないために、ストロークが小さくなってしまう。素子の製造技術、より大きい圧電 係数の材料などの開発が必要である。


        マイクロエレクトロニクス鏡

        シリコン加工技術を使うので、多素子化が可能。1000 素子の試作鏡ができている。しかしサイズが 小さいため、広い視野をとるのは難しい。また、1 素子あたりのサイズが小さいので、現状では短い ストロークしかとれない。そのため、他の低次の可変形鏡と組み合わせる。用途としては、ExAO、 MOAO に適している。


      3. 波面センサー技術
        高速、低雑音CCD の開発

        微弱な星からの光を使って波面を測定するためには、光検出器の雑音を極めて低くしなければなら ない。補償光学系の補正精度を上げるために補正素子数はこれまでの数100 素子から、数1000 素 子以上に増える。そうすると、1 素子当たりの光量は減少する。かつ大気揺らぎの時間変動をより 忠実に測定しないといけないために、より高速での波面を測定する必要がある。それを実現する検 出素子としては、読み出し雑音が1e! 以下の高速読み出しのCCD が開発されてきている。

        現在達成されている性能は、128 x 128 素子の検出器で、250Hz のフレームレートで雑音1e! 以下 の読み出しである。JELT 用には、画素数を512 x 512 素子まで増やし、2000Hz のフレームレート で雑音1e! 以下の読み出しのものを実現しなければならない。


      4. 高速制御技術
        波面演算アルゴリズム

        素子数が増えると、現在の行列の掛け算を行う制御方式では素子数の2 乗に比例して演算量が増え る。10000 素子もの補償光学系になると、CPU が今後高速化することを考慮しても、演算が間に合 わなくなる恐れがある。そのため、波面演算そのもの精度を落とさずに、演算量を減らす技術が開 発されつつある。行列の掛け算のかわりにフーリエ変換を利用する方法で、演算量が素子数にほぼ 比例するので、多素子補償光学系では有効であると考えられている。

        大気揺らぎの高さ分布を含めた3 次元情報を使って波面を補正するための、トモグラフィー(断層 撮像) 技術もJELT での補償光学系で、MCAO、MOAO などを実現するための鍵となる。



    ドーム

    1. ドームに要求する機能

      望遠鏡の口径が8m から30m に拡大しても、それを収容するドームに要求される機能はかわらない。以下に その機能をまとめる。

      1. 望遠鏡を外的環境(天候、地震、衝突物、いたずら等) からの保護
      2. 観測時の風の擾乱による望遠鏡構造への外乱の低減
      3. 望遠鏡、制御システムおよび周辺機器などからの発熱抑制
      4. ドーム内環境の総合制御としてのシーイング劣化対策
      5. 望遠鏡運用・保守に必要な装置の収納
      6. 運用・保守のための環境維持

    2. 外的環境からの保護

      天候として、雨、雪、氷、風、高湿度など望遠鏡構造、駆動機構に大きな影響を及ぼすだけでなく、日常の 運用・保守のためにもそれらに対して十分な対策が重要である。特に運用上雨漏りは日常的な頭痛の種であり 完全な解決策はなく対処療法にならざるを得ないことを肝に銘ずべきである。積雪や結氷は望遠鏡運用に支障 を来すだけでなく過度な加重のためドーム構造の安全、さらに保守員の安全などのため融雪に配慮した設計が 必要である。風についても強風などに対する生き残り確率を考慮した設計が不可欠である。

      地震についてはサイトの選択に大いに左右される。サイトの特性を調査して耐震設計を図る必要がある。 口径30m 望遠鏡では主鏡のカバーは実際的でなく、望遠鏡の収納位置を工夫すると共に隙間のシーリング の徹底も塵対策には重要である。このようにドームの構造に防塵の考えを導入すべきではあるが、完全なもの は期待できない。主鏡上の塵を日常的に除去する装置の考案が実際的であろう。


    3. 風の擾乱対策

      風の擾乱は望遠鏡の追尾性能、その結果としての星像の劣化に直接影響をあたえる。すばる望遠鏡では風の 擾乱(運用平均風速7m/s) が追尾性能に大きな影響を与えないように主鏡付近の風速を1m/s 以下に抑制する 方針をとった。たとえば強風時、開口部が風に正対しているとき、ウインドスクリーンを使用して風速を低減 している。しかし、口径30m ではウインドスクリーンの設置は機構上困難である。すばる望遠鏡の経験では、 風向きによって通風口の開口率を変えることにより望遠鏡構造への風荷重をある程度制御できた。しかし、完 全なテストは行われていない。したがって、ドーム側面の通風口などの制御を通じて望遠鏡構造や主鏡面への 風荷重の変化を抑制できる可能性があり、今後の大きな課題である。


    4. 発熱抑制

      望遠鏡周辺の発熱による温度不均一状態はドーム内の屈折率の不均一をもたらし、星からの波面を乱す。こ のため星像の大きさは望遠鏡の回折限界とはならず、屈折率の不均一の程度に依存した大きさになる。8m す ばる望遠鏡の波長500nm での回折限界の星像の大きさは0.015" であるのに対し、星像の実測値は平均0.6" ほ どである。

      すばる望遠鏡では望遠鏡も含め周辺の温度の不均一を抑制するため、制御システム、制御計算機群を別棟に 移した。主鏡制御システムなど移動できない制御部分の発熱は冷却液との熱交換で排熱した。また、望遠鏡の 構造体を周囲の温度に常時なじませるため断熱材で覆い、さらにその表面をアルミニュームの薄板で覆った。 アルミニュームが周囲の温度になじみやすいからである。

      次に大きな熱源としては日射と地熱がある。特に日射は影響が大きい。ドームの外壁を温度になじみやすい 無垢のアルミニュームとし、その内側を断熱材をふきつけ熱の侵入を抑えた。しかし、それでも日射による熱 の侵入は無視できず、流入熱量を捨てるという方針で空調装置を導入した。実際には日中のドーム内の温度を 予想される夜間の温度に保持するという方針をとった。特に主鏡周辺の温度は夜間温度より2°C 低い温度を目 標とした。地熱については望遠鏡の水平駆動静圧軸受のオイルを冷却することで遮断した。また、観測装置か らの発熱も無視できないので、装置を断熱壁で囲い発熱を冷却液と熱交換させることで排熱を図った。冷却液 との熱交換で捨てられる熱は最終的にはダクトでドームから十分離れた外気に捨てられる。

      以上のようにすばるでは、発熱源をなるべく作らない、発熱はダクトで遠くに捨てるという方針をとった。 その結果、年間平均シーイングサイズは0.6" とマウナケア山頂で最高を誇っている。

      口径30m 望遠鏡でも同様の方針を基本として、ドームに内包する望遠鏡、周辺機器、保守設備、観測装置 などが明らかになってから具体的な対策を考えていくのが賢明である。


    5. シーイング劣化防止対策

      シーイング劣化の原因としては、上空大気、接地境界層、ドーム内環境の3 つに大別される。上空大 気については望遠鏡サイトの選定に際しての大きな決定要因であり、サイト選定の項で論じる。ここで は接地境界層とドーム内環境について述べる。

      接地境界層は地面と自由大気の境界であり、厚さは 15 - 30m 程度である。地面で空気の速度がゼロ、境 界層では速度傾斜があって、その上部で自由大気につながる。さらに一般には夜間地面の温度は空気の 温度より高く、境界層では空気は熱乱流状態と考えられる。すばる望遠鏡では乱流の強さが自由大気で の星像の乱れと同等になる高さを実測して、望遠鏡の不動点(高度軸高さ) をそれ以上の高さに設定した。

      実際にはドームの形によっては地表面の熱乱流層を望遠鏡光学系の高さまで巻き上げることがあるため、水流 実験、計算機シミュレーションによりそのようなことが起こりにくいドーム形状(柱形状:図4.84) を採用した。 JELT でも同じ考え方でドーム形状を検討すべきであろう。

      ドーム内環境については、すでに述べたように発熱を極力防ぎ、それでも不可避な発熱は積極的に排熱する という方針が適切と考える。そして、温度を均一にするのが最終目標であるから有効な対策を検討する必要が ある。すばる望遠鏡では水流実験等で、自然風を取り入れ側面に窓を開けてスムースに流してやるフラッシン グ法が有効と考えられたので採用した。現在、すばる望遠鏡を用いて、フラッシングがどの程度有効なのかの 定量的な評価をしている段階である。その結果はJELT のドームの設計検討に大いに役に立つと期待される。


    6. 望遠鏡運用・保守に必要な装置の収納

      望遠鏡の運用と保守の目的には、制御システム、制御計算機、機械加工室、電子工作室、観測装置保守・改 良室、蒸着室、冷却システム設備室、部品等保管室、事務所が必要である。すばる望遠鏡では大型の蒸着設備、 主鏡交換台車、主鏡洗浄装置など大型設備は望遠鏡を支えたピアの周辺の空間に収納した。

      JELT でも常時発熱しない保守・運用装置や保管庫はこのような空間を利用するのが賢明である。一方で運 用装置は常時発熱が伴うためドームとは別棟に収納するのがよい。

      望遠鏡の保守作業として分割鏡の交換・再蒸着、主鏡の塵除去、観測装置交換のために設備が必要である。 これの収納空間は確保する配慮がいる。望遠鏡の保守にはクレーン設備は不可欠である。望遠鏡の構造に合わ せて保守すべき仕事を洗い出し、それに必要なクレーンを検討する必要がある。とくにドーム回転部分に大型 クレーンが必要かどうかは経費にも大きなインパクトがあるので、早急に検討する必要がある。また、大型ク レーンを必要としない場合は望遠鏡建設用に外部クレーンを導入する必要があろう。ドームフラット機能の実 現についても検討を要する。


      運用・保守のための環境維持

      ドーム構造の強度に関しては、サイトにおける強風の度合い、頻度、氷結の規模、積雪量、地震の規模など 自然環境下で望遠鏡の設計寿命を何年とするか決める必要がある。そのためにはサイトにおける上記のデータ を収集し、要求される設計寿命を考慮した耐久設計を行う。

      日常の保守は人間が行うものであり、ドーム内の労働環境が観測条件と相容れない側面が強い。ある程度の 忍耐は必要であるが、過度の忍耐はかえって保守の効率を落とし、ひいては人間の安全を脅かすものなので慎 重な設計方針が望まれる。たとえば融雪装置など保守の自動化の導入など発熱抑制方針に反することも検討す る必要があろう。また、建設地が3500m 以上の高地となる場合、低酸素症の緩和のために酸素補給設備を備え た部屋を用意するなどの工夫も検討する必要がある。


      JELT のドーム

      すばる望遠鏡のドームはこれまで述べた方針に沿って設計、建設された。経費、技術の点から方針を 100%実現できなかったが、考え方をなるべく取り入れた。

      マウナケア山頂に設置する場合、現在の山頂リッジに大きなドームを配置することは困難である。ま た、ハワイ土着の人々にとって神聖な山頂に麓からも見える形でドームが林立することには、根強い抵 抗もある。このため、山頂開発計画では新しいドームの設置場所を制限することやドームの形状が周辺 景観とマッチするように配慮することが求められている。チリなどに設置する場合は、また違って制約 が生じる可能性があるが、設置場所に応じた制約がかかることを忘れてはならない。

      JELT は補償光学技術を徹底的に使用するが、そのドームはやはり接地境界層の影響を最小限に止めるべき である。そのため、建設予定地の接地境界層の状態を実測して熱乱流が有意に小さくなる高さを求めることが 必要である。その上で接地境界層の下層の気流が望遠鏡の光路に侵入しないような外形構造を考えるべきであ る。すばる望遠鏡の円柱構造や半球でもそれを支える高い円柱構造(図4.85) などが有効であろう。ただし、 KPNO では円柱構造の高いドームとしているが、サイトのせいか必ずしもシーイングは良くないので、サイト 選定が重要なことは言を待たない。以下ではこのような方針に基づいて3 つの構造を提案する。

      1. すばる望遠鏡タイプ

        外形は円柱型(図4.84) でフラッシングの考えを取り入れ、側壁に窓を幾つか設置する。望遠鏡の鏡筒を 側壁で隔離してドームと望遠鏡を共に回転させる。制御システムや制御計算機など別棟に納める。すばる 望遠鏡とちがい巨大な主鏡蒸着装置は不要なのでピアーの下部を収納庫としてもよいし、外部環境とし ても良い。また、主鏡など巨大な構造の取り外しなどの作業がないので大型クレーンは必要ないだろう。


      2. フランス太陽望遠鏡タイプ

        フランスの太陽観測グループが採用した望遠鏡の開口部分のみ開けて天体の追尾にあわせて開口部を移 動させる方式はなるべく機械構造を外気にさらさないためシーイング劣化防止に効果がある。ただし、 ドームに2 軸の駆動装置を導入することになるので30m 口径のような巨大構造が作成可能か検討を要す る。この場合でも接地境界層の影響を避けるために望遠鏡の鏡筒位置を高くする必要がある。 ( le telescope Bernard Lyot @ l'Observatoire du Pic du Midi )


      3. その他のドーム

        30m クラスの望遠鏡のドームの直径は100m ほどになり、このクラスになると大空間建築物(図4.86) と いう観点で考えることも必要であろう。これらの建築物は日本でも万博パビリオンや全天候型スタジア ムなどで古くから発達してきた。これらの建築技術を流用することはコスト削減の可能性がある。ただ し望遠鏡固有の問題点を克服するための試作、実験が欠かせない。厳しい自然環境での生き残り、開口 部の設置、望遠鏡追尾などのための駆動部分の導入、熱制御システムの導入など具体的な検討項目の洗 い出しから始める必要がある。以下に大空間建築の例を示す。( なみはやドーム:大阪府門真市、 太陽工業(株) )


    7. ドームのコスト

      ドームの具体案が無い時点でドームの建設コストは出せないが、8m 級望遠鏡の直径40m ドームの建設コス ト30 億円を基に試算してみる。

      JELT の場合グレゴリアン副鏡を採用すると鏡筒の旋回半径は45m。保守空間を考慮するとドーム直径は 100m。費用は直径の自乗とすると、(100=40)2 = 6:25。これをすばる望遠鏡の場合の経費にかけると187 億円。 もし、グレゴリアン副鏡を止めればドーム直径70m 程度。その場合、92 億円。 できるだけドーム直径を小さくする努力が経費軽減につながることに留意する必要がある。100 億円以下に 抑えたいのであれば、その他の大空間建築物を流用したドームの導入を真剣に検討する必要があろう。



    制御系ソフトウェアおよび計算機システム
    1. JELT 制御系基本構想

      制御系ハードウェア
      制御系ハードウェアの構成は基本的にすばる望遠鏡の構成と同様に設計、製作することを 考えている。その構成は、

      1. 望遠鏡、ドーム、保守運用装置に関する制御
          遠隔制御すべき望遠鏡やドームの機械的駆動部、および熱や通風の制御装置を 所定の結像性能を達成すべく計算機制御し、かつ状態の管理を行う機能を実現する。
      2. 観測装置に関する制御
          観測装置に付属する固有の制御部と共に観測装置の制御と監視、 観測データの高速取得および所定の実時間処理を行う機能を実現する。
      3. 観測の遂行と観測データを管理、解析・評価する観測統合制御
          望遠鏡、観測装置の制御を統合的に管理し、観測データを取得、管理し、 観測データ解析を含めて観測品質管理を行う機能を提供する。
      からなる。

      制御系ソフトウェアは機能内容に従ったレイヤ構成を取る。個々の装置はそれに対応した 要素を制御するための単体制御機能(基本制御レイヤ) を持ち、これらを統括して制御する 統括制御用計算機システム上で動作するソフトウェアにより関連の制御装置と連携した 複合制御機能(複合制御レイヤ) を持つ。これらの機能をより上位レベルで一元的に 統括管理することによって基本構想を満たす統括制御用計算機システム上での総合 機能(統合制御レイヤ) を実現する。実際の操作などはGUI の完備した操作端末計算機(操作レイヤ) で行う。 取得されたデータをアーカイブし、画像解析を行う計算機群(アーカイブレイヤ) も必須である。 総合機能として望遠鏡システム(ここで望遠鏡システムと呼ぶのは、望遠鏡、ドーム、観測装置、 一部の保守運用装置などを包括したものである) の運用には、二種類の運用モードを持つ。 観測のための観測制御モードと保守・開発のための保守制御モードである。これらのモードは 別途仕様が規定される観測装置およびそれら個々の観測装置が持つ装置固有の制御部と連携して機能する。

      望遠鏡制御系には、複数の運用者が同時に部分運用あるいは状態監視に携われるものとするが、 安全確保のため、相矛盾する運用命令が投入されても、人的物的な事故が発生しないよう、 運用の管理機能を盛り込んだシステム設計を行う必要がある。

    2. 各部制御系詳細
      1. 望遠鏡制御系
      2. ドーム制御系
      3. 観測装置制御系
      4. 制御用計算機システム
      5. アーカイブ・データ解析計算機システム
      6. 観測支援装置制御系
      7. 電源装置および配線付帯装置

    3. JELT 制御系開発に当たっての留意点

      上記の「JELT 制御系基本構想」に基づいてJELT 制御系を設計、製作するには、 人員、時間とも相当量必要である。人員、時間の推定は今後さらに検討を詰めてから行いたい。 製作は内製か外注製作かあるいはその両者混在になると思われるが、以下にJELT 制御系を 設計、製作する上で留意する諸点をまとめておく。

      1. 望遠鏡および観測装置の制御全般にわたって見通しを持った設計、開発製作、 試験・立ち上げ、機能確認、運用を心がけること。そのための計算機システム設計 グループの強い指導が必要である。
      2. ソフトウェア製作に当たって、外部委託をする場合でも、設計から試験までの間、 天文台側でトレースが可能なようにする。納入後の天文台主体のメインテナンスができ るようにする。
      3. ソフトウェアの著作権(閲覧、改変) は天文台が(少なくとも半分は) 保持する。
      4. 制御ハードウェアについて、その詳細図面(図面、詳細寸法、部品) を天文台が 独自に閲覧できるようにしておく。
      5. 制御ハードウェア、ソフトウェアについては、可能な限り商用標準品を用い、 更新時のスムースな移行が可能なように留意する。商用標準品以外を用いる場合には、 天文台との共同試験を経て天文台の了解を得る。
      6. 制御系各部については15 年以上の耐用年数を確保し、10 年サイクルでの更新が可能とする
      7. 国際的に分業で設計、製作、試験をする場合でも、上記の天文台側の権利を確保する。
      8. 望遠鏡および観測装置の制御ソフトウェア設計に当たっては、観測所運用指針を明確に した上で行う(観測者と制御操作者との関係等)。
      9. 制御点数も多く、望遠鏡・観測装置が大型のためアクセスも困難であることが予想され るので、リモートでの制御機能の確認、リモートでの設定パラメータの変更及びその保存、が可能とする。
      10. 望遠鏡および観測装置の制御系の試験、機能確認、運用時には、リモートでの実行が重要に なるが、その場合でも制御系担当者以外からのリモート接続は最低限に限り、必要であれば (異常があれば) 外部接続の切断が即座に可能なシステム設計を心がける。
      11. 望遠鏡および観測装置の制御系の設計、開発・製作時には、同時並行的な整合性のとれた 開発が可能となるようにする。
      12. 運用操作上重要であるGUIは市場での開発進歩の度合いが激しいものであり、 市場の進歩にあわせた更新が容易なように制御系本体とは別個に製作するべきである。 また、各種パラメータなどはハードコーディングをしてはいけない。
      13. 望遠鏡、ドーム、観測装置ハードウェアの設計、製作について、その初期の段階から 制御系開発者が参加あるいはトレース可能としたい。



    最終更新日: 連絡先: webmaster@jelt.mtk.nao.ac.jp JELT に戻る